「ヴァイブコーディング」を新聞で説明しようとしたら、インターネットに叫ばれた話

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キュレーターコメント

ヴァイブコーディングの技術論ではなく、「それを世に伝えようとした人間の体験」を切り取った珍しい視点。AI系の発信をしているエンジニアやライターに特に刺さる一節だと思い選んだ。

概要

ヴァイブコーディング(Vibe Coding)――AIに「なんとなくこんな感じで」と伝えてコードを生成させる、新しい開発スタイル――について、テクノロジー作家のポール・フォードがニューヨーク・タイムズ紙に寄稿した。彼がこのムーブメントを一般読者に向けて説明しようとしたのは、「これは本物だ、普通の人たちにも知っておいてほしい」という使命感からだった。

ところが、その後に起きたことが示唆深い。記事を読んだ人たちは、警告や洞察として受け取るのではなく、感情のはけ口としてフォードを使い始めた。何百万人に配信された記事の書き手は、異議を唱える数十人の「代理人」にされ、牧師のような笑顔と深い共感で迎え入れなければならない。自分を一言でも弁護しようものなら、怒号はさらに大きくなる。これはフォードがSimon Willisonのブログで引用した言葉だ。

この引用が刺さるのは、ヴァイブコーディングの話というより、技術の最前線を一般向けに語ることの構造的な難しさを正直に描いているからだ。AIコーディングの波が来ていると確信しているエンジニアが、それを社会に伝えようとすると、理解より先に摩擦が生まれる。それでも「準備させてあげたい」と思って書く――その誠実さと徒労感が同時に滲む一節として、ぜひ元記事も読んでほしい。